数ある「漫画家自伝もの」のなかでもタイトルが異彩を放つ一冊。2巻まで読んだら打切りっぽい締め方だったんですが、なんか連載再開したみたいでよかったです。売り上げ良かったら再開するとかいう約束でもあったんでしょうか…ともあれ続きを楽しみにしてます。大抵の漫画家さんは「無茶ぶりしてくる周囲と頑張ってる自分」という扱いが大前提なんですが、あえて「自分は外道マン(悪いやつ)になった」と語るところが、正義のために悪(殺人)に手を染める主人公を描かれた作者さんなんだなあって感じです。ちなみに周囲の熱さがなんというか編集王の世界。つうか編集王よりむしろこっちのほうが非現実感あるまであるんですが、キャラ表現はそれぞれ誇張されているにしても、各エピソードはいったいどこまでが”漫画的表現”なんでしょ。
他ならぬ仁死村さん(おおっと)が書かれた我が青春の少年ジャンプも面白かったですが、編集部の視点からと漫画家さんの視点からはやっぱり違うなあと思います。仁死村さんは果たして自分がこんな風に見られていたって知ってたのかな…「(原稿を)オトとしたら…地獄へ堕ちろ(フッ)」に初見で大笑いしたんですけど短い間に2回もこのネタが出てくるのは単に作者さんが気に入ったのか実際口癖でしょっちゅう言っていたのかw
他にジャンプ漫画家もので作者本人が出したものでいうなら、年代的に最古のものは本宮ひろ志の天然まんが家ですかね。本宮ひろ志といえば、元祖ジャンプ専属契約漫画家、本宮先生の漫画が読めるのはジャンプだけ! ということは、ある意味ジャンプ漫画家の始祖とも言える存在。平松さんにとってはちょっと格上感のある武論尊御大がもとは本宮先生の自衛隊の知り合いとかで、本宮先生の本では「なんか俺んちにいついていたやつ」「あいつも頑張ってるみたい」扱いなのが面白い。本宮先生は外道マンにおいても超絶かっこよく登場しましたが(すげえやつがいるという前振りからの本人登場という流れも完璧だった…)、自伝でもすさまじくかっこよかったです。ご本人が書かれたものってことを差し引いても、ご本人の人生がもうジャンプ漫画の主人公みたい。漫画を描くのは陰キャ、元いじめられっ子、ってイメージありますが、手塚治虫なんかも意外に上背があって恵まれた体をしてますし、時代を作るような人はなんだかんだ超人ですよね。
逆にこのあとの時代といえば巻来功士の連載終了!でしょうか。巻来先生の時代にはすでにマシリトさんが鳥山明を世に出したきき腕編集的立場でした。そんなマシリトさんが平松さんの本では「新人」「頼りになるか不安」な存在として描かれているのが非常に新鮮でした。あとの展開で出てきた現在のマシリトさんも含めて、会長島耕作まで読んだあとからのヤング島耕作みたいな、なんともいえない感慨。そんな時代もあった。そんなヤングマシリトさんの服装が、うっかり石田純一風なのは、まあ、はい、流行ってましたね、カーディガン肩にかけるの。そんな時代もあった。(2回目)
ちなジャンプ作家ものでご本人以外が描かれたものでいうと、ど根性ガエルの娘とペンと箸でしょうか。ペンと箸では、平松さんの師匠である中島先生の苦悩についてご家族のかたが語っていて、それを読んだあとだとヤングマシリトのアストロ球団に対するディスりには若干イラっときたりもします。本人は命削って描いてるのよ! さらに時代は下って、一番時代が新しいものは先生白書かな。昔好きだった作品が、裏側ではこうやって制作されていたんだなあと思うと感慨深かったです。でも、本当かどうか定かではありませんが幽遊白書時代の冨樫先生が編集王のブルセラムーンのモデル、的な噂を聞いたことがあるんですが(あくまで噂で聞いただけです。なお、逆に冨樫先生の同人誌のほうにブルセラムーンネタが使われていたのは読んだw)、そういう葛藤はあんまりアシさんには見せていなかったんですね。
話を戻して外道マン。でも、作中でマシリトさんが言及されていたように、予告されているだけで実際にまだ外道マンにはなっていないんですよね。田舎から出てきた臆病で謹厳実直な好青年が、いかに「外道マン」となるのか。読みたいけれど。ご本人は長く連載したいのかもしれないけれど。すでにはっきりしている過去をウダウダ隠して引き延ばされるとなんかイライラするっていうか、万が一打ち切りになって結局読めなかったり一応読めたけど消化不良だったりするとがっかりしてしまうので、ネタばらしは早めにお願いしたいところです。謎を提示して読者を引き付けるのは上等手段だとは思いますが、別にそんなことしなくても、毎度毎度の誇張した(あるいはまったく誇張していないかもしれないw)キャラ表現と、激しくも的確なセリフ回しだけで十分面白いっす!
おまけ:在りし日の手塚治虫
この頃はF先生もまだお元気だったんやで…(涙)