俺の空やサラリーマン金太郎で有名な本宮ひろ志先生の、2007年ごろの作品。1巻をKindleUnlimitedでおすすめされたので読んだらなかなか面白かったので2巻は購入。
一巻のあらすじ
妻・息子・娘を養いながら平凡に過ごしていた男が、定年退職と同時に理由も告げられず家族全員に捨てられ、貯金も退職金もすべて持って行かれ(これ、犯罪じゃね…?)、さらに生活習慣病やらなにやらで体のあちこちにガタがきているという、なにもかも失くした悲しき老人が故郷へ帰り首吊りでの自死を図るも木の枝が脆くて死に損ね、ならば生きられる限りは生きていく、と一念発起。椎の実を拾ったり、猪に襲われ怪我を負ったのを自分で治療したり、逆に猪を罠にかけて殺し食料としたり、さらには山のなかに畑を拵えたり木の上に小屋を作ったりと、自然界のなかで己の力ひとつで、ただ、生きていく。
途中、若い女の自殺者に遭遇するも彼女もまた木の枝が脆くて死に損ね(この森の木、大丈夫か…?)、死に損ねた彼女を介抱するが「まだ死にたいなら止めない」と告げる。ここに置いて欲しいと懇願する彼女に自分にはそんな余裕はないと一度は断るが、彼女が妊娠し相手の男に捨てられたことを知って考えを変更。診察してもらった医者から医学書を譲り受け、山小屋のなかで出産した子供と、彼女とともに生きる。
しかし数年後、このまま山の中だけで子育てを続けることは難しいと決断した彼女をそっと見送る。彼女には隠していたがすでに余命わずかとなっていた男は、山小屋のなかでひとり、死の時を迎えた…。
2巻のあらすじ
時が経ち、1巻の男の息子は仕事を失って生活に困窮しはじめていた。何年も消息を経ったままの父のことが気になり何度か母に相談もしていたが、母は冷たい反応だった。
父の消息を追って父の故郷へと辿り着いた息子は、父の最後を知って衝撃を受け、自身もまた父と同じように自然のなかで暮らし、己を見つめ直す。そして最終的に人生の再出発をするとかそういう話。
先鋭的な1巻、蛇足の2巻
本宮ひろ志作品というと、ものは知らぬが喧嘩と度胸と男気だけは天下無双という感じの破天荒な男くさい主人公が、そんな彼に惚れ込んだ周囲の人に助けられつつ、計算高く立ち回ろうとする臆病で卑怯なやつらを蹴散らしながら集中線を背負って叫んではいろいろ打破していく、という感じで、設定や伏線がどうとかより勢いで読むマンガ、というイメージがある。
作中で主人公がやたら持ち上げられる作品というのは得てして主人公が作者のアバターであることが多い。若いころの本宮ひろ志が出てくる「そしてボクは外道マンになる」でも本宮ひろ志本人≒本宮作品の主人公、という感じの描かれ方をしている。なので、本宮ひろ志もまたとりあえず勢いの人というイメージになりがちだ。
しかし、本人の上梓したエッセイを読むと、「主人公が作者のアバター」という認識はあっているものの(来歴がまさに初期の本宮主人公である…)、漫画家としては社会情勢や話題になったものを取り込み、読者の反応を先読みして非常に計算高く作品を企画するタイプで、俺の空も、サラリーマン金太郎も、そうやって生み出されたものであるとわかる。
まあ、実際、勢いだけの人だったら、何十年も第一線で活躍はできなかっただろう。
この作品も社会情勢に対する作者の鋭い読みが光るといったところで、時はまさに2007年。団塊の世代が定年を迎えることによる大量退職に伴って発生する問題が懸念視され、また、定年後に突然奥さんから離婚届をつきつけられる熟練離婚が話題になっていた時節において、世に送り出されたこの話である。
さらに、少し前の2005年には吾妻ひでおの「失踪日記」が話題になっていた。自殺志願や、山にこもった世捨て人のような生活、山から煙が見えてそれを咎められる展開や、さらに奥へとこもる流れなどは、このあたりを参考にしたのでは、と思わせる。
なお、遭難サバイバル漫画「ソウなんですか?」の原作者である岡本健太郎氏の「山賊ダイアリー」が2011年。登山食漫画の「山と食欲と私」が2015年。あのDASH島だって2012年からだ。突然ひとり、山のなかで獲物を狩って自給自足生活をはじめる、というのが、今となっては特に違和感なく受け入れられるが、当時はこういう展開を扱ったものはかなり珍しかったと思われる。
熟年離婚などの問題は現在にも続くものがあり、1巻についてはこれが10年以上前に描かれたマンガだとは信じられないくらいに面白かったのだが、2巻は正直少し蛇足の感があった。
男の死んだ後にどうなるのか、や、なぜ貯金を根こそぎ奪われても逆上もしない人の良い男がいきなり家族から捨てられる羽目になったのか、というのは知りたかったのでまあ知れてよかったとは思うが、息子の展開は単なるご都合主義に見える。
金持ち男と息子の間で揺れ動き、息子を選んだことについてはまあいいのだが、「幸せにします」という言いまわしが気に入らないというのはもう少し、こう、チャンスを与えてやれなかったのか、と。見た目だけが気に入ったとしか思えないとはいえ、小学生の子持ちの素性不明な女性に求婚する金持ちの坊ちゃんというのもなかなか男気があると思うのだが…。あんな言い方さえしなければ、とトラウマになっちゃいそうでかわいそう。(そういや最近そんなマンガ読んだな)
妻が怖い
なお、1巻の男が、突然家族全員から捨てられた理由が、リアルだがそれだけにひどかった。
離婚はしかたないとしても全財産ひっぺがされるほどの落ち度が男にあったわけでもなかったというのが判明し、これを読んで背中がうすら寒くなった夫も世に多かったのではなかっただろうか…。
なお、息子・娘たちが父との連絡を絶った経緯に至っては、妻が唆したせいとしか思えない。息子・娘もまた父を嫌ってはいたようだが、子供ってそんなもの、という以上のものではなかったし、実際、息子は後になって、ずっと自分を養ってくれていた父のありがたさを噛み締めている。
しかも、その唆しかたというのが、男から奪った全財産の一部を子供たちに渡し、いわば夫を捨てた共犯者に仕立て上げ
もちろん、年齢的には成人しているとはいえ、まだ世間知らずの子供たちが濡れ手に粟の大金を手にいれてもまともに扱えるはずもなく、生活に困窮し、さらに後になって母の行動の邪悪さに気づきそれを糾弾する息子に向かって、これである。
妻は、子供のことをちゃんと育てあげたと言ってはいるが、自分が責任を持たずによくなるタイミングを見計らって、子供たちの人生を破壊したようなものではないだろうか…
なお、この妻がこれらの行動の報いを受けるという描写は、作中には一切出てこない。
他のパターンの話も見てみたい
ネタ切れしたのか、妻が怖かったせいか、この話は2巻で完結している。
しかし、定年後、それまで当然のように存在していた会社という組織も、自分が養っている側だからと油断していた家族も、砂上の楼閣のごとく一気に失った男が、その後のまだ長い人生をどのように再構築していくのか、というのは、未だ社会的な課題のひとつだ。また、おひとり様の増えている現在、死ぬまでをひとりで生きていくというのは女性にとっても身近な課題である。
この男の場合は捨てられ方がとりわけ悲惨だったわけだが、他の色々なパターンの色々な生き方を読んでみたい。
似たような設定の話どなたかご存知でしたら教えてください。